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水戸家庭裁判所土浦支部 平成10年(家)267号 審判

申立人(養親となる者) X1

申立人(養親となる者) X2

事件本人(養子となる者) Y

主文

申立人らが事件本人を養子とすることを許可する。

理由

1  申立人らは、主文同旨の審判を求めた。

2  家庭裁判所調査官作成の調査報告書その他一件記録によれば、次の事実が認められる。

(1)  申立人X1(以下「申立人X1」という。)は、昭和63年7月7日フィリピン共和国において同国国籍の申立人X2(以下「申立人X2」という。)と挙式、婚姻し、平成元年○月○日には同女との間に長男Aをもうけている。

(2)  事件本人は、申立人X2の非嫡出子としてフィリピンで出生し(父親の氏名等不詳)、申立人X2の両親に養育されてきたが、平成10年3月に現地のエレメントリースクールを卒業したことを機に、同年5月23日に来日して申立人らと同居をはじめた。同人は、来日時年齢的には中学校第一学年に相当したが、日本語を解しなかったことを考慮して、申立人らの希望により同年9月から○○町立a小学校第6学年に編入され、在学している。

(3)  申立人らとしては、今後とも日本で同人ら夫婦の間の子として育てたいと考えており、養子縁組を強く希望している。

(4)  申立人X1は、大型トラック運転手として稼動し、月収30万円余りを得て、借家(平屋5DK)に居住しており、夫婦関係及び事件本人との関係も円満である。また、長男Aも事件本人になついており、兄弟仲がよい。

(5)  なお、申立人X1には、昭和57年11月25日婚姻、昭和62年12月8日協議離婚した前妻B(以下「前妻」という。)との間に長男C(昭和59年○月○日生)、二男D(昭和60年○月○日生)及び長女E(昭和61年○月○日生)がいる(いずれも親権者は前妻。以下、これら3人の嫡出子らを「Cら」という。)が、Bとの離婚後は全く没交渉である。

3  裁判管轄及び準拠法

本件は、日本国籍を有する養父(申立人X1)及びフィリピン国籍を有する養母(申立人X2)とフィリピン国籍を有する養子(事件本人)との渉外養子縁組の許可を求めるものであるところ、本件につき日本の裁判所が国際裁判管轄を有することは明らかである。

次に、渉外養子縁組の実質的要件については、縁組当時の養親の本国法によるべきものとされている(法例20条1項前段)から、申立人X1と事件本人との関係においては、養親の本国法である日本法が準拠法として適用されることになるが、養子の保護のための同意、許可要件については、事件本人の本国法であるフィリピン法が併せ考慮されることになり(同項後段)、また、申立人X2と事件本人との関係においては、専らフィリピン法が適用される。

ところで、フィリピン家族法188条は、養子縁組について一定の範囲の者の同意書の提出を要件としており、前記2認定の各事実によれば、本件では養子の実親(2号)及び養親の嫡出子で10歳以上の者(3号)の同意が必要とされる。また、同国の児童少年福祉法典36条は養子縁組は裁判所の養子縁組決定を要するものとしている。これらはいずれも、法例20条1項後段の「養子ノ本国法ガ養子縁組ノ成立ニ付キ養子若クハ第三者ノ承諾若クハ同意又ハ公ノ機関ノ許可其他ノ処分アルコトヲ要件トスルトキ」に該当するものと言うべきであり、本件養子縁組許可の要件となるものである。

4  保護要件の検討

そこで順次検討する。

(1)  養子の実親の同意書

本件では、事件本人の父親は知れず、母親は本件共同申立人X2であり既に同意が得られているので、この要件に欠けることはない。

(2)  養親の嫡出子で10歳以上の者の同意書

一件記録によれば、前記2(5)のとおり、申立人X1には、前妻との間にCら10歳以上になる未成年者の嫡出子が3人おり(いずれも15歳未満)、親権者である前妻とともに暮らしていること、本件の調査に当たった家庭裁判所調査官が、前妻を通じてCらの諾否の意向照会を試みたところ、前妻は「養子縁組をしたいなら勝手にしてもらって構わない。」としながら、申立人X1との離婚の経緯、Cらへの精神的な悪影響を理由に、本件をCらに伝えることをかたくなに拒み、協力を拒絶する態度をあらわにしていること、したがって、申立人らや家庭裁判所調査官によるCらへの接触もままならない状況であり、Cらの書面による同意を得られる見込みはないことが認められる(なお、このような状況の下で家庭裁判所調査官が前妻の拒否を押してCらの意向聴取のために家庭訪問、面接を敢行することは、Cらに必要以上の葛藤を起こさせることになりかねず、不適当であると考える。)。

上記のとおりであり、Cらの書面による同意は本件では得られていない。

もっとも、Cらは15歳未満であるところ、その親権者である前妻が口頭によるものながらも本件養子縁組に同意していると受けとることも可能な言辞を家庭裁判所調査官の調査の際に述べていることから、これをもってCらの同意に代えるかは検討の余地がある。しかし、前妻の上記言辞は、もはや申立人X1と一切関り合いになりたくないという感情に出た捨てぜりふともいうべきものである上、フィリピン家族法188条3号は、専ら当該嫡出子本人の作成にかかる書面による同意を要求していることが文理上明らかである。すなわち、同国法は、当該嫡出子の利益保護の観点から10歳以上であればその判断能力があるものとして同意を求めている趣旨と解されるから、我が民法において15歳未満の子の養子縁組に関する意思表示を認めず法定代理人の代諾にかからしめていることを根拠に、Cらが15歳未満であることをもって法定代理人の同意をもって代えうると解することも相当でない。よって、前妻の前記言辞をもって、本件養子縁組についての同意と扱うことはできない。

思うに、一般にフィリピン家族法188条3号において同意にかからしめることにより調整される養親の嫡出子の利益としては、扶養義務や法定相続分などへの影響のコントロールが考えられるが、これらは新たな嫡出子の出生や子の認知により当然に左右されるものであり、そもそもわが国の民法においては、養親となろうとする者の嫡出子の同意が要件とされていないことからも明らかなように、その利益調整の緊要性は必ずしも強いものではない。また、この規定により、養子と養親の嫡出子との間で好悪の情などの感情面も含めた利害調整が図られ、円滑な家族関係などの環境が整うことにより、養子本人の福祉が間接的に保護されるという観点から考察しても、本件では、申立人X1とCらとは、前妻との離婚後長期間全く没交渉であり、今後も関わりを持つことはないと思われるので、同意がないことにより実質的に事件本人の福祉が害される事情は皆無である。他方、同意がないことにより本件養子縁組を成立させないことは、来日して日が浅く、義務教育就学中であり、養親となろうとしている申立人X1による扶養を切に必要としている事件本人に、その扶養を法律上当然に求めうる子としての地位を否定することに外ならず、事件本人の福祉を著しく害することは明白である。

してみると、このような場合にまで養親の10歳以上の嫡出子の同意がないことの一事を理由に養子縁組の成立を認めないことは、「其規定ノ適用カ公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スル」(法例33条)というべきである。よって、その限りにおいてフィリピン家族法188条3号の適用は排除されるべきであり、本件においては、養親となろうとする者の嫡出子で10歳以上の者の書面による同意を備えなくとも、養子縁組の成立は妨げられない。

(3)  裁判所の養子縁組決定

前記のとおりフィリピン法によれば、養子縁組は裁判所のする養子決定により成立するものとされているが、この裁判所の養子決定は、わが国の家庭裁判所のする養子縁組許可の審判をもって代えることができるものと解される。

(4)  上記(1)ないし(3)の検討に加え、前記2認定の各事実によれば、本件養子縁組許可の申立ては、申立人X1と事件本人との間では、わが国民法及び併せて考慮させるフィリピン法の定める同意、許可要件を充たし、また、申立人X2との関係でもフィリピン法の要件を具備するものと認められ、かつこれらの準拠法の趣旨とする養子の福祉にも適するものというべきであるから、本件申立てを認容するのが相当である。

5  よって、主文のとおり決定する。

(家事審判官 前田巌)

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